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オリンダは、ブラジル北東部、ペルナンブーコ州の州都レシフェの北に位置します。ブラジル最初のポルトガルの植民地で、長年、さとうきび産業で栄えました。1537年に建設した際、セーの丘からの眺望が大変美しく、「オー、リンダ!」(おお、美しい)と感嘆したことが地名の由来となりました。最初に、オリンダに到達したとされるヨーロッパ人は、フランス人の商人だとされます。後に、ポルトガル人のドゥアルテ・コエーリョ・ペレイラによって1535年に最初の集落が建設されました。1630年から20年間はオランダの支配下に置かれ、再び1654年にポルトガルが奪還したという歴史があります。このため、オリンダの旧市街には、植民地時代のポルトガル、オランダの両様式が美しく凝縮したミゼルコルジア教会をはじめとする、両国の影響を受けた華麗な建造物が多く残っています。カルモ教会・修道院は、ブラジルのカルモリッタ派で最も古く、マウリシオ・ナッソウ伯爵の邸宅、ボア・ヴィスタ宮殿のあった場所に、1588年に建てられました。カルモ教会を除き、1630年にオランダ人プロテスタントによる破壊活動によって、多くの16世紀の建造物は殆ど失われました。そのため、旧市街に残っている歴史的建造物の多くは、再びポルトガル領となってから再建されたものです。サン・フランシスコ修道院は、1585年に建造されますが、1631年に焼き討ちによって破壊され、1715年から1755年にかけて再建された宗教建築。そのほかに、オリンダ神学校、オリンダ大聖堂、サン・ベント教会・僧院など、16世紀に建造された宗教建築ですが、焼き討ちの後、いずれも17世紀に再建されています。1930年、荒廃したこの街の歴史的地域を保存する運動が起こり、文化的、建築的財産を守るべく様々なる試みが行われた結果、オリンダ歴史地区は1980年に国定史跡に指定されました。その後、1982年にはユネスコの世界遺産リストに登録されました。 |
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ブラジル南部のリオ・グランデ・ド・スル州に位置する、17世紀から18世紀にイエズス会の宣教師が、先住民グアラニー族と共存するために建設した教化集落の遺跡。1983年にブラジルのサン・ミゲル・ダス・ミソンイスの遺跡群が単独で世界遺産に登録され、翌年アルゼンチン内の四箇所の教化集落遺跡がグアラニーのイエズス会伝道施設群として新たに登録されました。17世紀初頭にグアラニー族に対しキリスト教伝道を開始したイエズス会は、教化促進の拠点としていくつもの伝道所を築きました。これは、同時に平和な理想郷の形成も企図したもので、農園などで強制労働を強いられていた先住民たちを保護する場所でもありました。当時、グアラニー族が暮らしていた現在のブラジル南部、アルゼンチン北部、パラグアイ南部などには、30箇所余りの伝道所(教化集落)が築かれ、共同体での生活が営まれていました。サン・ミゲル・ダス・ミソンイスもその一つであり、1735年から1745年にかけて建造されましが、スペインの国王カルロス3世が、1767年にイエズス会の追放とグアラニー族の分散を決定すると共に、伝道所の共同体は崩壊。これらの伝導所都市では、ほぼ理想に近い共存体制と文化が育ったことから、ユネスコは世界文化遺産として認定されました。 |
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サルヴァドールはバイーア州の州都で、1549年にポルトガル人によって開かれた港湾都市。その後、砂糖産業の興隆によって労働力確保のため、アフリカからの奴隷輸入の中心港の一つとなり繁栄しました。1763年にリオ・デ・ジャネイロに遷都するまでの214年間、植民地時代のブラジルの首都でした。中心街は下町の商業地区と上町の歴史地区の二つに別れています。72mの高低差のある上町へは、1873年12月に操業を開始したラセルダ・エレベーターで行くことができます。上町は、旧市街がそのまま残っており、宮殿、総督府、教会など、コロニアル風の壮麗な建築物が並ぶ歴史地区となっています。トメ・デ・ソウザ広場からセー広場、ジェズス広場にかけては、石畳が続く趣のある地区です。嘗ての奴隷市場の建物がある、ぺロウーリーニョ広場の周りには土産品店、カフェも多く、一番の賑わっている場所。350を越えると言われる街の教会の中で、代表格はサルヴァドールのバシリカ大聖堂。 17世紀前期に建てられたイエズス会の聖堂でルネッサンス風。正面入り口のファサードはポルトガル本国から運ばれたものであり、ファサード上階の切妻は典型的なマニエリストの渦巻き模様柱頭が側に立っています。サン・フランシスコ教会・修道院は、金箔で装飾した豪奢な祭壇、壁や天蓋を持つ見事なバロック建築で、「黄金の聖堂」の異称を誇る宗教建築。1708年に教会の建築を始め、修道院部分の工事が完了したのは1752年と、完成まで78年を費やしました。市街地の北10km、サルヴァドールの守護神と言われるボン・フィン教会は1754年建造。ブラジルにおける新古典主義建築の代表として知られています。奇跡を起こす教会として知られ、願掛けの人でいつも賑わっています。教会前で売られているミサンガと呼ばれるカラフルなリボンは、切れたら願いが叶うと言われています。ブラジル出身のサッカー選手達が、手首や足に巻きつけてプレイしており、日本でも若者達の間で流行っています。 |
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コンゴーニャスは、ブラジル南東部、ミナス・ジェライス州の州都ベロ・オリゾンテの南方70kmに位置する町。標高871mの高原に位置する、嘗て、金鉱で栄えた町です。2008年現在の人口は44,279人。この町は、全国からの巡礼者が集まる聖地として知られています。ボン・ジェズス・デ・マトジーニョス聖堂は、1773年に建てられたブラジル後期のバロック建築を代表する宗教建築物で、6つの小礼拝堂、十二使徒像、付属の庭園などから構成された宗教建築物群。この聖堂は18世紀のポルトガル人の金鉱採掘師フェリシアノ・メンデスの依頼で建てられたものです。昔、フェリシアノ・メンデスが重病を患い、もしこの病が治ったら、彼の故郷、ポルトガル北部の町ブラガにあった教会と同じものを作ると神に誓いました。祈りが通じ、彼はまもなく回復。それからは教会建設のために人生を捧げました。教会の建設は1757年に始まり、1773年に完成しましたが、その時、フェリシアノ・メンデスは既に亡くなっていたと伝えられています。この聖堂の特筆すべき主要な彫刻群は、「ブラジルのミケランジェロ」の異名を取った世界屈指のバロック様式の芸術家アントニオ・フランシスコ・リスボア(1738〜1814年)の手によるものです。彼は、アレイジャディーニョ(ポルトガル語で「小さな不具者」という意味)という名で一般的には知られている、建築家兼、彫刻家です。聖堂のファサード前の石段には、石鹸石に彫られた旧約聖書の十二使徒像が並んでおり、これはアレイジャディーニョの最高傑作の一つに数えられています。また、聖堂の階段の正面にある6つの小礼拝堂に飾られているスギの木で作られた、66体の胸に迫る彫像から成る十字架の道行の徒も彼の作品です。ゴールド・ラッシュの時代は去りましたが、この聖地への人々の信仰は厚く、毎年9月7日から14日までの1週間、記念祭が行われ数十万人の巡礼者が訪れます。 |
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ブラジリアは、ブラジル中部の中央高原に計画的に建設された人口都市で、ブラジル連邦共和国の首都。人口は約256万人。1956年、ジュセリーノ・クビチェックは、新首都建設で内陸部の開発とそれによる国土の均衡的発展を企図し、正式に新都市の建設と遷都を発表しました。パイロット・プランと呼ばれるブラジリアの都市計画は、ブラジル建築界の巨匠ルシオ・コスタ、設計はニューヨークの国連ビルを設計した有名な建築家のオスカー・ニーマイヤー、景観設計家のロベルト・ブルレ・マルクスを中心としてなされました。そして、1960年4月21日、リオ・デ・ジャネイロからの遷都が実現。設計の基本コンセプトは東西方向に走る全長9.75kmのモニュメンタル大通りと、南北方向に延びる延長14.3kmのロドヴィアリオ大通りです。飛行機の胴体部分は政府・行政関係を集め、その先端部分には三権広場があり、そこには国会議事堂、幾何学的なデザインの大統領府、連邦最高裁判所があります。飛行機の翼には東西にホテルや住宅群が伸びています。伝統から離れた合理性と装飾を排すことがモットーのル・コルビジェの指導を受けた、オスカー・ニーマイヤーの建築物は斬新、大胆で創造性に富み、パイロット・プランとともに都市計画のモデルとして今日でも世界中の注目を集めています。 |
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オウロ・プレートは、ミナス・ジェライス州の州都ベロ・オリゾンテの南東100kmに位置する植民地時代の古都。標高1,179mの高原盆地に位置します。人口69,251人(2008年現在)。1697年、ブラジルの南東部の山間、ミナス・ジェライス州に位置するこの地域に金鉱が発見され、この地に凄まじいまでのゴールド・ラッシュが起こり、それまで何もない高原に過ぎなかったこの地に、次々と金鉱採掘のための街が生まれました。その一つが1711年に建設された「豊かな町」、ビラ・リカです。1720年には金鉱の発見からわずか40年ほどの間に10万人を擁する都市となりました。ブラジル独立後、1823年、ブラジル帝国初代皇帝ペドロ1世によって、ミナス・ジェライス県の県庁所在地、オウロ・プレートの帝国都市と制定されました。町の名前は「黒い黄金」を意味します。町は繁栄を極め、その富で文化、芸術もブラジルの中心となりましたが、世は栄枯盛衰のならい、金鉱が枯渇すると、1897年、首都はベロ・オリゾンテに移りました。オウロ・プレートは、植民地時代の名残をほぼ完全に留めており、歴史建造物が旧市街に数多く残っています。40あまりの教会、バロック様式の瀟洒な歴史的建物、水汲み場、橋などが石畳の坂道に沿って立ち並んでおり、訪れる人を魅了します。街の中心は、チラデンチス広場。陸軍少尉のジョアキン・ジョゼ・ダ・シルヴァ・シャビエルが、1789年にポルトガルからの独立を画策、失敗に終わり、処刑された場所。チラデンチス(歯医者)は彼のあだ名で、前職は歯医者でした。広場に面して歴史美術館がある。起伏の激しい石畳の坂道沿いには、ポルトガル統治時代のコロニアル建築の最高傑作とされるサンフランシスコ・ジ・アシス教会、ボン・ゼズス・マトジンニョ教会のほか、多くの教会、鉱物学博物館、バロック様式の邸宅が植民地時代の面影を留めています。また、その豪華さで圧倒されるのはノッサ・セニョーラ・ド・ピラール中央教会で、中央祭壇は400kgもの金が使われており、町の繁栄当時を彷彿させます。1980年、ブラジル初の世界遺産として、オウロ・プレートの街並みがユネスコにより世界文化遺産に登録されました。 |
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セハ・ダ・カピバラ国立公園は、ブラジルの北東部、ピアウイ州のの半乾燥地帯にあります。奇岩と灌木カーティンガに覆われているカピバラ山地(セハ・ダ・カピバラ)に公園はあり、その面積は1291kに及びます。最も有名な奇岩は、巨大な穴の開いた様子が印象的なペドラ・フラダ。サン・ライムンド・ノナト遺跡には、カピバラ、シカ、ジャガーなどの動物、古代人の生活、狩猟、儀式などの場面を、幾何学的な絵柄で描いた264か所の岩壁画が残っています。なかには25,000年前のものもあり、当時の生活を知る重要な資料であると同時に、南米最古の人類活動の跡地とも言われています。当初は複合遺産として申請されましたが、複数の洞窟の中に描かれた壁画が、アメリカ大陸における人類の存在や進化に関係する重要な考古学遺跡であると、文化的価値のみが評価されて、文化遺産としての登録となりました。 |
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サン・ルイスは、ブラジル北東部マラニョン州の州都で、大西洋に面したサン・マルコス湾に浮かぶサン・ルイス島北岸に位置します。2008年現在、市人口は986,826人を抱え、ブラジル第16位の都市となっています。サン・ルイスは、ブラジルで唯一フランス人によって建設された州都で、ダニエル・デ・ラトゥーシュによって1612年9月8日に建設され、フランス国王ルイ13世の名前にちなんで命名されました。1615年にポルトガル人が占領した後、サン・ルイスは、砂糖や綿花の輸出港として繁栄。大農園の経営で富みを得たポルトガル人たちは競って立派な邸宅を建て、正面の壁をヨーロッパの美しい陶磁器のカラー・タイルで飾り、バルコニーには鉄細工を施し、彫刻のある木製の扉、中庭には敷石を敷き詰めました。サン・ルイスの歴史地区の建物のほとんどが、暑さ、湿気から守るための陶磁器タイルで外壁が覆われていることから、「タイルの街」とも呼ばれています。1997年にサン・ルイス歴史地区は、ユネスコの世界遺産として登録されました。登録された歴史地区は2.5km²と広範囲に及び、要塞や大聖堂などの歴史的建造物や、碁盤目状の美しい町並みを特徴とするイベリア式の植民地風建築が数多く見ることができます。歴史地区となる旧市街には、ブラジルでは珍しいビザンチン様式のデステーロ教会(1618年〜1641年建造)、市内で唯一のゴシック建築のセー教会(1629年建造)、マラニョン州庁舎(ライオン宮殿 1766年建造)などの見事なコロニアル建築が並んでいます。サン・ルイスは、アフリカ系ブラジル人の踊りタンボル・デ・クリオウラや、北部及び北東部ブラジルで行われるブンバ・メウ・ボイの祭りでも有名です。 |
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ジアンマンチーナは、ミナス・ジェライス州の州都ベロ・オリゾンテの北東280kmに位置する町。標高1,280m。2008年現在の人口は46,212人。ジアマンテとはポルトガル語でダイヤモンドの意味。その名の通り、この町はダイモンド鉱脈の発見によって誕生しました。ジアンマンチーナの前身、チジュコ村は1713年に建設され、ダイヤモンドと金鉱の発見により繁栄した村。現在は、ダイヤモンドの採掘は行われていませんが、当時は採掘者や投機家などの入植者で賑わいました。市街地には、当時のバロック建築物や、小さな教会が多くあり、歴史の重さの中に素朴さも伝わってきます。市内で最も古い宗教建築は、サンタ・アナ中央教会で、採掘者達の住んでいた時代に造られたと言われています。一番美しく、荘厳さを備えているのが聖母カルモ教会。1889年に造られた比較的新しい建築物です。ネオ・ゴシック様式の佇まいとフランス製のステンド・グラスが美しいのが、「キリストの聖なる御心教会」 バシリカ・ド・サグラド・コラサン・デ・ジェズスである。聖母メルセス教会、サン・フランシスコ・デ・アシス教会、聖母ロサリオ教会、ジアマンチーナ市庁舎、ダイヤモンド博物館などが昔ながらの面影を留め現在も残っています。 |
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ゴイアスは、ブラジル中西部、首都ブラジリアの西250km、州都ゴイアニアから132kmの地点にあるゴイアス州の嘗ての州都。2008年現在の人口は24,859人。18世紀の初頭、サン・パウロから奥地探検隊バンディランテスが、金とダイヤモンドを求めてこの地域に遣ってきました。1727年、隊長のバルトロメウ・ブエノ・ダ・シルバは、鉱脈探索の基地としてサンタ・アナ村を建設。1736年に植民基地は先住民ゴヤス族の名を冠し、ヴィラ・ボア・デ・ゴヤスと改称しました。中央ブラジルの植民地として重要な役割を果たしたゴイアスの都市計画は、植民都市が有機的に発展した顕著な事例。ゴイアスの建築の特徴は、地元の職人により地元の素材で造られたもので、性格的には質素で地味であるが、全体的に周囲の景観と調和しています。ブラジルの中央文化とも離れており、そこに独特な個性ある街並みが形成されています。石畳の坂道とピンク、黄色、青色のパステル・カラーのコロニアル風邸宅の華麗な街並み。そこを歩いていると、中世の時代のまま、時間が止まったような不思議な感覚に包まれます。市の中心となるコレト広場周辺には、植民地時代に建てられた数多くの建物があります。サンタ・アナ大聖堂は、1729年に日干し煉瓦で建てられた聖堂。聖母ロサリオ教会(旧称プレートス教会)は、1727年に建設を始め、9年の年月を費やして完成させました。現存する市内最古の宗教建築。バルトロメウ・ブエノ邸は、鉄柵付きの窓とバロック風のファサードを特徴とするコロニアル建築。その他に、サンタ・バルバラ教会、サン・フランシスコ・コラル教会などの植民地時代の瀟洒な歴史建造物が数多く残っています。 |
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パラナ州の東端に位置するイグアス国立公園は、豊かな一帯の植物相、動物相、地形などを保護するため、1939年に国立公園に指定されました。ブラジルとアルゼンチンと国境を跨ぐ、イグアスの滝は世界三大瀑布の一つに数えられており、最大落差80m、滝幅が3.5km、毎秒6万トン以上の水量を誇る世界最大級の滝です。熱帯の動植物の宝庫でもあるが、近年の森林開発でその存在が危惧されています。イグアスの滝は、イグアス川が本流のパラナ川に合流する手前20kmに位置します。川の中央が国境になっており、それぞれの国から異なった滝の景観を眺める事ができます。滝の入り口でバスを降りると、もう滝の爆音が地鳴りのように聞こえてくる。緑のトンネルを抜け、滝に向かうにつれて地鳴りの音は激しくなり、カッパを借りて流れ落ちる滝を見上げるように、歩道橋を滝壺に向かって歩いて行く。茶褐色の濁流が凄い勢いで落ちて来る様は恐ろしいほどです。先住民族がイグアスとは「大いなる水」と名付けたことがよく解ります。滝の見学はヘリコプターで上空から見る方法と、イグアス川を溯る観光用モーターボートで滝を下方から見る方法があります。対岸のアルゼンチン側では、滝壺の上から眺めることができます。1984年には、イグアスの滝とその周辺生態系及び動植物(2,000種類の植物、400種類の野鳥等)が、ユネスコの世界遺産リストに登録されました。 |
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| コスタ・ド・デスコブリメントの大西洋岸森林保護区群は、南米大陸の大西洋岸に広がる森林のうち、バイーア州南部からエスピリト・サント州北部にかけて広がる8つの自然保護区から成る世界自然遺産です。多様な生物が生息していることはもちろん、固有動植物も多く、生物進化の研究上も貴重な場所であり、ブラジルではアマゾンと並ぶ森林地帯です。開発がなされる前は、アマゾン森林の4分の1相当の1億ヘクタール弱の面積であったとされていますが、植民地化、コーヒー栽培の農地開発等により現在では7%程度しか残されていないと言われています。 |
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| 大西洋岸森林南東部の保護区群は、南米大陸の大西洋岸に広がる森林のうち、ブラジルのパラナ州からサン・パウロ州にかけて広がる25の保護区群から成る自然遺産です。面積は4,681km²にも及ぶ広大な熱帯雨林で。開発により原生林はわずかとなり、残された熱帯雨林の豊かな動物相・植物相を保護することを目的として、世界遺産に登録されました。ブラジルの大西洋岸森林としては、最大の規模であり生物学にとっては貴重な動植物の宝庫です。深い森の山、湿地帯、孤峰を持つ海岸近くの島々、海岸で見られる砂の小山と、素晴らしい環境、風光明媚なる景色が広がっています。 |
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パンタナル自然保護区は、ブラジル中西部のマット・グロッソ州及びマットグロッソ・ド・スル州、ボリビアの東部チャコ地方、パラグアイに跨る総面積187,818km²に及ぶ世界最大級の熱帯性湿地です。パンタナルの名前は、ポルトガル語で沼地を意味するパンターノに由来します。パンタナル大湿原は、ここはクイアバ川とパラグアイ川の源流地でもあります。湿原の総面積195,000km²で、その一部である1,878km²が世界遺産に登録されました。雨期と乾期を繰り返し、雨季には80%以上が水没し、地球上で最も水量が多い平原と化します。この地の代表的河川パラグアイ川の水位は、2mから5mまで上昇しますが、傾斜が緩やか地形のため、溢れ出す水の流れはゆっくりしています。アマゾンの熱帯雨林、ブラジルの北東部の植物、ブラジルのセラード、パラグアイ、アルゼンチンの潅木等が観察でき、鳥類1000種、魚類400種、哺乳類300種等、動植物ともに多様性を持っています。 |
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セラード保護地域はブラジルの中央高原からアマゾンや北方にも展開する国土の4分の1を占める草原地帯。ゴイアス州の東西に離れて位置する二つの国立公園は1961年1月11日、同時に国立公園に指定されました。セラード保護地域には、幾重にも連なる山々、高原、渓谷があり、これらの地域すべてに滝や大小の川が流れています。 |
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| ヴェアデイロス国立公園はゴイアス州北東に位置し、首都ブラジリアの北約300kmにある、サン・ジョルジ村が公園の入口となります。公園の総面積は655km²。16億年前の太古の時代にここから植物の種がプレト川などに流れ、アマゾンの豊穰な熱帯林を生んだと言われています。公園内には、画家サルバドール・ダリの作品のような奇怪な岩や、無数の滝、川の淀みがあります。近郊のアルト・パライソ・デ・ゴイアスには宿泊施設、食堂があります。公園の営業時間は08:00〜17:00。入園料R$3.00。園内ガイドが常駐しています。公園内の気候は熱帯性で湿潤、4、5ヶ月間の乾期があります。年間平均気温は24度から26度。 |
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| エマス国立公園はゴイアス州東端の灌木地帯にあり、州の中央に位置するゴイアニアから515kmの距離。公園の総面積は1,320km²。エマス国立公園は、その名の通りエマ(アメリカダチョウ)が生息しており、オオハシなどの鳥類、オオアリクイ(大蟻食)、カピバラ、野生豚、狼、キツネをはじめとする絶滅危惧種を含む動物の宝庫です。公園の最寄りの町は、セラノポリスとミネイロスで、いずれも宿泊施設、食堂があります。公園から、前者は95km、後者は90kmの距離にあります。公園の営業時間は、08:00〜18:00。入園料R$3.00。公園内の気候は湿潤、年間平均気温は22度。6月から8月は渇水期となり、12月から3月は雨期となります。 |
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フェルナンド・デ・ノローニャ諸島とロカス環礁の保護区群は、ブラジルのペルナンブコ州に属する大西洋上の島々及びその主島の名前です。主島フェルナンド・デ・ノローニャ島を中心に20の火山島などの島々から形成されています。州都レシーフェから545km、リオ・グランデ・ド・ノルテ州の州都ナタルから360km離れています。南緯3度49分、西経32度24分に位置し、島の総面積は26km²。2008年現在の人口は3,012人。水深50mまで見渡せる透明度の高い海は、世界のダイバーあこがれのスポットとしても有名であり、飛行機がレシーフェとナタルから定期運航しています。島には20軒ほどの宿泊施設、食堂もあります。熱帯気候で年平均気温は23.5度から31.5度と、年間を通じて温暖です。観光のポイントは、船に乗って訪ねる「イルカの住む湾」、バイア・デ・ゴルフィーニョだ。そこではイルカの群れが跳ね回る光景を見ることができます。230種の魚、15種のサンゴ、海鳥、渡り鳥、また鮪、鮫、海亀、と海洋生物学にとっては宝庫です。ロカス環礁は、南緯3度52分、西経33度49分に位置する大西洋上の環礁で、ブラジルのリオ・グランデ・ド・ノルテ州に属します。位置的にはフェルナンド・デ・ノローニャより100kmほど本土に近いところにあります。灯台島と墓地の島の二島からなります。火山活動に起源を持つ、サンゴ礁のおりなす地形であり、ロカス島とも呼ばれています。陸から大海原を隔たこの環礁は、東西3.7km、南北2.5km、面積は7.1km²と小さなものであります。二つの小島部分(南西のセミテリオ島、北西のファロル・カイ島)の面積は0.36km²で、ファロル・カイ島はほぼ3分の2が砂利の地域であります。海抜標高の最高地点はファロル・カイ島南の砂丘で、高さは6m。 |
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| ジャウー国立公園は、アマゾナス州のマナウスの上流のネグロ川流域に位置するアマゾン盆地で最大の国立公園。1980年9月にジャウー川の全流域を保護するために国立公園に指定されました。面積は23,377km²という広さを誇ります。ブラジルでは4番目の広さを持つ原生林、かつ世界では3番目の広さを持つ湿潤で未開発な熱帯雨林です。まさに無垢なるジャングル地帯であり、訪れるのはかなり大変です。マナウスから130kmの距離にあるノーヴォ・アイランが入り口の町となります。この町まではマナウスからネグロ川を船で6〜18時間かけて溯ります。その町で、また船を乗り換えて公園入口まで向かいます。ただし最近では陸路で行く方法もあります。ブラジル環境再生天然資源院の出張所にて事前に入域許可をとる必要があります。この地域は熱帯雨林気候帯に属し、気候は年間を通じて高温多湿で、年間平均気温は約26度、湿度は通年80%を越えます。年間平均最高気温は31.4度、年間平均最低気温は22.5度。雨期は年に2回あり、7月〜9月と12月〜4月です。世界遺産には、当初「ジャウー国立公園」として登録されましたが、その後、アマナ−開発保護区とママイラウア開発保護区を含める登録範囲の拡大に伴い、登録名も「中央アマゾン保護区群」に変更されました。 |
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